5.施工上の注意

5.施工上の注意

 鋼構造物塗装の防せい効果は、素地調整から塗装完了までの各工程の作業の良否にかかっている。そのために、作業には適切な管理が必要である。管理の内容は次のようなものとなる。

 

(1)素地調整の管理

 素地面の脱脂、防さび、清浄が適切に行われているか、溶接部の処理は良いか、素地表面の粗さの程度(膜厚・塗り回数に関係する)を確認する。

 

(2)塗料の管理

 ①受け入れ塗料の品質、色、光沢の程度。

 ②塗料の使用量、必要な膜厚を確保するために用意された塗料が、正しく使用されたか否かの確認。

 ③塗料の保管。

 塗料、希釈剤は引火性の危険物である。保管、取扱には特に注意する。

 

(3)塗料の調整

 a 塗料の希釈

 塗料製造時の調整条件は、23±2℃及び相対湿度50±5℃である。しかし作業時の温度、湿度によって粘度を調整する必要がある。薄めすぎた場合、塗料に流れを生じたり、下地の”かぶり”が不足して(下地を完全に隠すことができず)見苦しいだけでなく、乾燥後に塗膜の膜厚不足から、防せい性能が低下するなど、十分な膜厚性能を発揮できない結果となる。

 b 塗料のかくはん

 さび止め塗料は、顔料に比重の大きいものが使用されているため、長期間貯蔵されていたものは、防食の働きをする顔料が沈降する傾向がある。かくはんが不十分な場合、顔料とビヒクルの混合状態が不均一になり、そのまま使用すると塗膜は防せい効果のないものになる。かくはんを十分に行うことで、色むら、すけなどの欠陥も未然に防ぐことができる。

 c 塗料の調合

 2液形の塗料は主剤、硬化剤の配合比率を正確に守って、混合、かくはんの操作を確実に行い、使用するよう心掛ける。

 

(4)塗装環境の温度、湿度

 環境の温度、湿度は塗膜の性能に大きな影響を与える。塗膜は水分によって付着障害を起こす。2液形エポキシ系塗料は、低温時の塗膜では化学反応が進まず、乾燥が著しく遅れ、塗膜は完全なものにならない。低温多湿時の塗膜は避けるようにする。

 

(5)膜厚と防せい効果

 膜厚の防食効果に及ぼす影響は非常に大きい。塗り上がった塗膜には必ずピンホールがある。塗り重ねを繰り返すことによって、その穴は次第に少なくなっていく。一般に膜厚が大きいほど、塗膜の寿命は長い。1回塗りと2回塗りでは寿命に差が生じるのである。ただ、塗料によって各々適正な膜厚があることも知っておく必要がある。


(6)塗装間隔

 第1層を塗装してから第2層の塗料を塗装するまでの時間を塗装感覚という。塗料にはおのおの適正な塗装間隔があって、これより短い場合、下層の塗膜が上塗りの溶剤で軟化してリフティングなどの欠陥につながる恐れがあり、長すぎる場合は層間の付着性が低下して、層間はく離を生じる。防せいの塗膜層は下・中・上の3層からなり、相互の塗膜がしっかり密着・一体化して初めて目的が果たせるものである。塗膜の乾燥が適正に行われるように、温度、湿度、風速などの管理は重要である。

 乾燥不良によるしわ、はじき、層間はく離などの欠陥を生じさせないで塗装可能となる時間間隔を、塗付け間隔又は塗り重ね間隔と呼ぶ。

4.各種塗装系の特徴

4.各種塗装系の特徴

(1)合成樹脂調合ペイント塗り

 鉄、亜鉛めっき面の一般部、構造用鉄部、建具、設備類などの防せい、美装性に広く用いられる。

[長所]

 ①耐候性がよい。

 ②油性ペイントより乾燥が早い。

 ③被塗物の適用範囲や広い。

 ④作業性がよい。

 ⑤色調変化が少なく、色彩効果も高い。

 ⑥光沢の調節が容易である。

 ⑦価格も手ごろである。

[短所]

 ①耐アルカリ性に劣る。

 ②耐水性、耐溶剤性が小さい。

 ③層間はく離する場合がある。


(2)合成樹脂調合ペイント塗りの要点

 鋼構造物の塗装では、さび止めの1回目は工場で塗装され(1次ショッププライマー塗りという)、部材は現場に搬入、架設される。組立てが完了するまで長期間下塗りのままで放置されると、塗膜の硬化が進み、塗り重ねによる塗膜/塗膜間の層間付着性が悪くなる。塗膜の表面には汚れや塩分などが付着して、さらにははく離しやすい状態となるほか、組立て中、下塗りにきずが入ることも多い。したがって、そのままの状態で次の工程に進むと欠陥を引き起こすことになるので、現場で下塗り2回目を行い、塗膜の改善を行う。

 下塗りには、1種と2種のさび止めペイントがある。1種は乾性油をビヒクルとする油性さび止めペイントで、乾燥は遅いが素地とのなじみがよい。また、さび層への浸透性もよいので、素地調整が十分でない場合でも、2種のさび止めペイント(長油性アルキド樹脂をビヒクルとする)に比べてさび止め効果は高く、付着性もよい。


(3)フタル酸樹脂エナメル塗り

 フタル酸樹脂エナメル塗りは、鋼製、亜鉛メッキ製のドア、サッシ、シャッター、設備機械などの塗装に用いられる。

[特徴]

 合成樹脂調合ペイント塗りに比べ、平滑性、美装性がよく、硬度も高く耐摩耗性もよいことから、建設機械類の塗装に用いられる。合成樹脂調合ペイントに比べ、やや速乾性なのではけ塗りの作業性は悪い。また、塗膜はやや肉薄なので、高級塗装ではパテかい、パテ付け、オイルサーフェーサー塗りの工程を追加して、平滑性や質感の改善を行っている。

 

(4)2液型エポキシ樹脂エナメル塗り

 2液型エポキシ樹脂エナメル塗りは、密着性、耐水性、耐薬品性に優れたとそうである。ジンクリッチペイントと組み合わせて、特に耐酸性、耐アルカリ性、耐水性を必要とする厳しい腐食性環境の塗装に用いられる。

 この塗装は特に温度条件が厳しく、一般に10℃以下では塗装してはいけない。現在では10℃以上で使用する常温形と、5~20℃で使用できる低温形がある。エポキシ樹脂の塗装は、長期間放置されると表面の硬化が進んで上塗りとの付着性が低下するため、塗装間隔の規定時間を厳守する必要がある。硬化した塗膜には研磨紙ずりを行って、付着力の回復を図るようにする。

 現在、現場で多用されるエポキシ系さび止め塗料には、変性エポキシ樹脂下塗りがある。エポキシ樹脂塗料を変性し、付着性と適用性を広げたエポキシエステル塗料である。十分に乾燥した合成樹脂調合ペイント(SOP)塗膜にエポキシエステル塗料を塗り重ねると、上塗りの適用範囲が広がり、2液型エポキシはもちろんのこと、2液ポリウレタンやふっ素樹脂などの高性能塗料を用いて塗装仕上げをすることが可能になる。

 

(5)2液形ポリウレタンエナメル塗り

 2液形ポリウレタンエナメル塗りは、耐候性、耐水性、耐薬品性に優れているため、長期の耐久性、美装性が必要とされる塗装に用いられる。エポキシ系と異なり低温時の乾燥性がよく、耐熱性もよい。塗重ねでの注意はエポキシ系と同様である。しかし、付着力回復のために行う塗膜の研磨紙ずりは、慎重に行わなければならない。研磨によって塗膜が損なわれ、防せいの働きを弱める心配がある。不必要な研磨を行ってはならない。

 

(6)弱溶剤系2液型ポリウレタンエナメル塗り

 弱溶剤系2液型ポリウレタンエナメル塗りは、2液型ポリウレタンエナメル塗り同様、耐候性に優れ、長期耐久性、美装性が必要とされる塗装に用いられる。従来の溶剤系塗料の塗装と異なり、環境負荷低減のためにトルエンやキシレンなどの溶剤を含まない弱溶剤(ミネラルスピリット)を使用した塗料及び塗装設計である。水性塗料同様、今後需要が高まる塗装仕様である。

 

(7)アクリルシリコン樹脂エナメル塗り

 アクリルシリコン樹脂を主成分とするこの塗料は、耐候性や強じん性に優れるシリコン樹脂と柔軟性に優れるアクリル樹脂の特徴をいかしたものである。シリコン樹脂を含む塗料は元来はっ水性に富んでいるが、雨水を利用して低汚染性を発現させるため、親水性を付与したタイプが使用されるようになった。ウレタンエナメル塗りに比べ耐候性は優れている。

 

(8)常温乾燥形ふっ素樹脂エナメル塗り

 耐候性はポリウレタン以上なので、厳しい腐食性の環境下で塗膜の色、光沢を長期間保持する必要がある場合、ポリウレタンエナメルに代わって用いられる。塗料の価格はポリウレタン系よりも高価となるため、工事費が高くなる心配がある。塗装工程は、2液形ポリウレタンと同様であり、上塗りのみが異なる。

3.塗装の設計

3.塗装の設計

 塗料の品種、塗装系と塗装方法の選定のためには、まず塗装の設計を行わなければならない。設計は、以下に述べる各項目に検討を加えることによって行うことができる。

 ①構造物の種類、配置の条件

 ②被塗物の表面状態とケレンの条件

 ③耐久性、美装性、特殊機能性などに求められる条件

 ④経費、工期などの経済的条件

 

塗装系の選択

 塗料の種類によって適応する能力に限界があるため、要求されるグレードに応じた塗料の選定を行うようにする。例えば、工場地帯の環境で耐薬品性の塗装が必要な場合、比較的環境が良好な部位や場所は、合成樹脂調合ペイントや自然環境に配慮した水性系反応硬化形合成樹脂塗料塗りが適用され、悪環境の鋼材には、2液形エポキシ樹脂エナメル塗りが適当である。また耐候性、美装性を必要とするものは、2液形ポリウレタンエナメル塗りが用いられる。

 2液型エポキシ、ポリウレタン、ふっ素樹脂などの高性能塗料は、油性系塗料、フタル酸樹脂系や塩化ビニル系に比べて耐久性・防せい性に優れている。しかし、高性能塗料は塗装可能な環境条件(温度・湿度の許容範囲)が狭く、さびや油分のわずかな残存(素地調整の不備)によっても期待する効果を発揮しないことが多い。

 塗装条件や経費に制約がある場合、高性能塗料を用いることよりも合成樹脂調合ペイント塗りが行われることが多い。この塗料は油の酸化重合によって塗膜を形成するため、乾燥が遅いという欠点があるが、素地によくぬれ、塗り重ね欠陥も生じない、いわゆる幅のある塗料として使用されている。高性能塗料の採用が必ずしもそのまま耐久性向上へと結び付かない難しさが、現場塗装にはある。

 鋼構造物の塗装に適用できる金属素地面用の塗装種別(上塗り塗料の名前を表したもので、標準となる塗装工程が規定されている)がある。

 また、鋼構造物の代表的な橋りょうは、橋の構造の違いから、ニールセン橋、桁橋、トラス橋、ラーメン橋、アーチ橋、斜張橋、吊橋とあり、橋の種類によって部位の呼び方が異なる。橋りょうの塗装系は、足場仮設など工事費が高くなることから常温乾燥形ふっ素樹脂エナメル塗りを選定することが多い。

 このほか、最近では弱溶剤希釈形のアクリル樹脂系非水分散形塗料が、鉄部や亜鉛引鋼板の現場塗装に使用されている。この塗料は、エマルション塗料と同様の分散系で、石油のような弱溶剤中に皮膜主成分のアクリル樹脂がポリマー粒子として分散しており、ポリマー粒子の融着で塗膜となる。水性エマルション塗料より乾燥時間はやや短く、油性塗料に比べると明らかに速乾性がある。アクリル樹脂の特徴である耐水性・耐アルカリ性・耐候性に優れていて、鉄部とコンクリート面が併設する部位の塗装に有用である。さらに塗料用シンナーで希釈できるため、下塗りの塗膜を侵したりすることなく、適用範囲が広い。秋に施工する場合は、低温で高湿度になるため結露しやすい。油性塗料のようにゆっくり乾燥すると、塗膜中に水分が入り込み、つけ引きや白化を引き起こす。しかし非水分散形塗料は、このような欠陥を生じないので、屋外用として利用度が高い。

4.ラッカータイプと橋かけタイプ

4.ラッカータイプと橋かけタイプ

  塗料の種類によって、塗膜になる乾燥機構は異なる。ラッカータイプの塗料ならば、溶剤の蒸発のみで乾燥し、塗膜になっても溶剤で再び溶ける。一方、ジャングルジムのような構造を形成して塗膜となっていく橋かけタイプの塗料は、乾燥中に皮膜成分の分子量が増大し、乾燥後の塗膜は溶剤に溶けない。橋かけ点の形成は化学反応であり、メラミン樹脂系のような焼付け塗料と2液型ポリウレタンや2液型エポキシ樹脂塗料などの常温乾燥塗料に大別できる。

 常温乾燥とは室温に放置するだけで塗膜になることを意味する。強制乾燥とは赤外線や熱風ヒーターを利用して、80℃以下で乾燥させることをいう。強制乾燥は常温でも乾燥する2液型塗料に適用される方法で、加熱することによって溶剤の蒸発と化学反応の速度が高まり、乾燥時間が短くなる。また、焼き付けとは橋かけ形塗料の典型的な乾燥手段であり、焼付け炉が必要となる。

 皮膜となるポリマー成分が粒子状に分散している塗料は、合成樹脂エマルションと非水分散形塗料に代表される。乾燥過程でポリマー粒子が融着して皮膜になるのであるが、このとき、単に融着のみで皮膜になるラッカータイプと、融着と同時に化学反応を伴う橋かけタイプの両タイプの塗料がある。現在は、橋かけ塗膜を形成する分散形塗料が建築塗装の分野でますます多くなっている。

 油には空気中で乾く、すなわち、分子量無限大の固体になる乾性油と、乾かない油とがある。ボイル油や油性調合ペイントは、乾性油が皮膜成分であり、空気中の酸素と化学反応(酸化重合)して、常温で橋かけ塗膜を形成する。油を化学結合したアルキド樹脂塗料は、油変性アルキド樹脂塗料と呼ばれており、フタル酸樹脂エナメルや合成樹脂調合ペイントがある。顔料を含まない油を主成分とする透明塗料をワニスと呼んでいる。

 油の酸化重合で橋かけ塗膜を形成する塗料には、油変性ポリウレタン樹脂塗料(1液型ポリウレタン)やエポキシエステル樹脂塗料がある。

3.乾燥について

3.乾燥について

 各工程に用いる塗料を塗り重ねていく場合、気象条件によって仕様書通りに進まないことがある。例えば、合成樹脂エマルションペイント塗の工程は、下塗り後3時間経過すると中塗りできるはずであるが、無風で高湿度、すなわちジメジメした天候状態では、3時間たっても塗面がべとついて塗り重ねできないことがある。

 現場作業では、乾燥程度を簡易的に評価し、塗り重ねが可能かどうかを判断しなければならない。官能検査によって、半硬化乾燥を塗り重ね可能な時期と判定するとよい。

 指触乾燥とは初期的な乾燥状態であり、軽く触れて指紋が残るかどうかで判定することが多い。実際の作業中に検査する場合は、直接塗面に触れることはせず、周りの養生テープや養生紙に付着している塗料に触れて確認する。